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2006年05月30日

ファンファンさようなら・・・

昨日、岡田真澄さん(1935年9月22日)が食道がんのため死去されました。

一番思い出に残っているのが 「仮面ノリダー」 でのファンファン大佐

明るくとても好感の持てる俳優さんでした。

岡田真澄さんのご遺徳を偲び、哀悼の意を表します

From Wikipedia
父は日本人画家の岡田稔、母はデンマーク人、母親は在日アメリカ軍の翻訳家として活躍していた。実兄の泰美はタレントとして活躍したE・H・エリック。ちなみに、コペンハーゲンの人魚姫像のモデルは岡田眞澄のおばにあたる。

横浜のインターナショナルスクール、セント・ジョゼフ・カレッジに学ぶ。第二次世界大戦後まもなく、実兄泰美がトニー谷の手引きでE・H・エリックの芸名で芸能界に入り日劇ミュージックホールの舞台に立つようになったため、同じくトニー谷の勧めでバレエのレッスンを受けたことがある。第6期東宝ニューフェイスに合格し、藤木悠、宝田明、佐原健二などと同期だったが、その後映画製作を再開した日活に移籍。

日活退社後、劇団欅を経て、以後、数々のミュージカル作品やバラエティ番組などで大活躍。特に、『とんねるずのみなさんのおかげです』の一コーナー「仮面ノリダー」では、敵役「ファンファン大佐」を好演したことで、幅広い年齢層から人気を得た。司会業でもフェミニスティックなダンディさが受けて好評であった。1980年、松任谷由実『SURF&SNOW』収録の「恋人と来ないで」ではゲストボーカルとして参加。1994年12月10日にパシフィコ横浜で開かれた、新進党結党大会の司会者としても活躍した。

ヨシフ・スターリンの影武者に似ていることでも有名で、実際に舞台でスターリン役を演じた(「夢、クレムリンであなたと」・1991年初演)ことがある。

1995年6月、元フライトアテンダント・恵子夫人と、同年5月に極秘結婚していたことが報じられた。「ボクにとっては天使のように透明感あふれる人」と記者会見でコメント。また、1998年10月5日、4人目の子供が誕生した際、「愛はバイアグラを越えました」と発言した。

2005年6月初旬、恒例の人間ドックで、食道がんが発覚、2005年7月23日、入院。司会を担当していた中京テレビのクイズ番組「サルヂエ」を2005年7月11日放送分で降板。その後快方に向かい、芸能活動に復帰、レギュラーの日本テレビ系「午後は○○おもいッきりテレビ」に出演するようになった。同年秋、リンパ節への転移が判明。

2006年5月29日、食道がんのため死去。

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岡田真澄さん死去【めぃすた。の塔】at 2006年05月31日 05:45
 
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